いとしきアラカン

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アラカン過ぎたら(音頭もどき)

顧みすれば、2012年8月8日に、私は、このブログに、、「アラカン過ぎたら」という音頭もどきのを掲載させていただきました。 恥ずかしながら、記載させて下さいね。012.gif

アラカン過ぎたら

アラカン過ぎたら、カンタンに♪ シンプルだけど真心で!!苦手なことより好きなこと♪

アラカン過ぎたら、お気楽に♪ 心の花園ゆったりと♪

アラカン過ぎたら、気にしない♪ 気にしないったらこだわらない♪


アラカン過ぎたら、許しましょ♪ あっさり笑って「もういいよ」♪

アラカン過ぎたら、心の窓を磨きましょ♪ 人を許せばポイント5倍♪

アラカン過ぎたら、心の元気♪ 元気の素は想いと信じることよ♪


アラカン過ぎたら、ありのまま♪ ありのままこそチャーミング♪

アラカン過ぎたら、相手を先に♪ エレガントの基本です♪

アラカン過ぎたら、役目は笑顔♪ 法令線がめだちません♪


アラカン過ぎたら、付き合い淡く♪ 親しき仲でも踏み込まず♪

アラカン過ぎたら、うなずき大事♪ 「わかる~あんたのその気持ち」♪

アラカン過ぎたら、負けるが勝ちよ♪ 人と比べず、以前の自分と比べましょ♪


アラカン過ぎたら、報い求めず♪ 直接返らなくてもUターン♪

アラカン過ぎたら、苦より楽♪ 苦労の中に楽しさが♪

アラカン過ぎたら、弱さまるごと慈しむ♪  責めずにあやしてなだめましょ♪
   「ひらきなおり」も大事だよ♪ 「なんくるないさー」が合言葉♪


この時期は、まだ、健康状態も良かった時期でしたので、頭で、ちょうどでなくなった年代を想像して書いた音頭もどきです。実際に、自分がちょうどでなくなってからの実感とは、多少の誤差はありますが、方向性としては、ほぼ、あらまほしき姿です。まあ、今後は、実践・実習の時期と思って一歩ずつ、近付きたいな~と思っています。

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# by itosikiarakan | 2016-10-07 15:34 | 私のこと

黄昏との折り合いのための寓話

むかーし 昔、ある森の中の水車小屋に、一人の女が住んで居りました。年の頃は、とっくにアラカン世代よりは過ぎておりました。女は、毎日、一生懸命に働いて暮らしていました。でも、ある日、突然、かすみ目になってからは、昨日までとは、周りの景色がまるっきり違って見える違和感とショックで、人前では、陽気にふるまっていても、「夕暮れ時は、淋しそう。」という、NSPの唄のようにクヨクヨする気分からは、抜けきれていませんでした。そんな気分の時に、不思議に水車小屋に現れるのが、お喝婆さんです。お喝婆さんは、700年前から、この森に棲んでいる、森の精霊なのです。お喝婆さんは、人が、弱いネガティブな気分に、なっている時に、フィトンチッドを、たっぷりと含んだ息を吹きかけて、「喝!!」と気合を入れて、人を、元気にするのが、役目なのです。お喝婆さんは、白髪をなびかせて、赤い衣をまとい、怖い表情で、「喝!!」と大きな声で
人に、緑の息を、吹きかけるのです。そうすると、さすがに、甘えの気持ちが、洗い流され、本来の気持ちに気付かされるのです。女は、何度か、お喝婆さんに、喝を入れられて次の様な事に、気付く事ができました。



婆☆「あんたは、今まで、裸眼で過ごしてこれたのは、大変、幸運だったんだよ!!若い頃から、目の違和感から、眼鏡で調整してきた人いっぱいいるでしょ!!あんただけに起こった事が特別じゃないんだからね!!時期が違うだけで、地ならしすれば、平等だよ!!特に年とれば、だれでも、老眼白内障、かすみ目、飛蚊症になる人多いでしょ!!それにあんたのは、かすみ目でしょ!!もっとひどい障害の人でも、工夫して愚痴言わずに爽やかに強く生きている人沢山いるんだよ!!パラリンピック見て、考えなさい!!自分のだけ特別なんて、甘えんじゃねーよ!!甘えに喝!!」

女☆「でも、でも、私の場合、原因が脳梗塞だったのが、他の人と違う原因だったのがショックだったの。だって、だって、急に見え方が、おかしくなったんだもの。。。」

婆☆「本当に、グルグルと、同じ事ばかり考えて山手線のような女だね!!だからあ~目がちょうどでなくなるのは、誰でも、年取ればなるんだから、あんただけじゃないよ!!ここまでは、いいね!!!  それにい~、原因が脳梗塞だったのが、ショックっていうけど、考えようによっちゃ、幸運でありがたい事だよ。。それは!! だって、そうじゃないか。それが、きっかけで、再発予防のためのメンテナンスのきっかけになったんだから。物は考えようさ!!自分の幸運に感謝できないのは、良くないよ。何でも、良い方に解釈すれば、良い方にすすむのさ!!ありがたいという気持ちを忘れたので喝!!」

女☆「だって、だって、私は不治の病で、このかすみ目は、この変な見え方も、一生治らないと言われたんだよ。。。」

婆☆「冷静に考えてごらん。視力は、基本、白内障、老眼、近眼ほとんど、誰でも不治の病なんだから、あんただけじゃないさ。そして、くくって言えば、すべて加齢が原因さ。加齢は基本は不治だからね。ちょうどでない事をいとしみながら、あやしあやし、だましだまし、付き合っていく事さ。そりゃあ~若い時と同じようには、見えないさ。当然だよ!!(*ここで、諸行無常の鐘の音がゴーンと鳴る。)世の中、あきらめていけない事と、あきらめなくては、ならない事があるんだから、それの場合は、「柳に風」とサラリと流す事さ。(人生、あきらめが、肝心!!)と言うからね。それは、内心、悲しいよね。そんな時は、ほほ笑みを、そっと添える事だね。美しいあきらめが、お前の年代の役目だからね。役目を忘れたので喝!!」

森には、いつしか、黄昏の時が、迫ってきました。すみれ色の雲が、西の空にたなびいています。初秋の風が木々をそよがせています。女は、小屋の椅子で紅茶をゆっくりと飲んでいます。お喝婆さんに喝を入れられたら、心の滓がスッカリと洗い流されてとても清々しい気分になり本来の元気さがみなぎってきました。そして加古隆さんの「黄昏のワルツ」を聴きながらこう思うのでした。「お喝婆さん、ありがとう。不完全な人生、不完全な状態 不完全なものすべてそれを、まるごと受け入れ愛するために、この時期があるのね。」と。。。    *学芸会以上 チャン チャン012.gif 

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# by itosikiarakan | 2016-09-29 14:57 | 私のこと

紅茶とクッキーと弦楽と

秋になると、なぜか、紅茶と手作りクッキーと弦楽が恋しくくなるのです。そこで、ちょっとだけ紅茶のお話しをさせてくださいね。優雅に丁寧に淹れた紅茶は、やはりそれだけの深さと美味しさがあるので憧れますよね。そのように淹れられる人になりたいなとも思います。そこで、もちろん私の事ですから受け売り、別名丸写しですが、イギリス流紅茶の淹れ方を記載させてくださいね。

(英国式・ストレートティーの淹れ方)

①ポットとカップにお湯を入れて温めておく。

②1人あたりティースプーン1敗(2・5~3g)の茶葉を人数分ポットに入れ沸騰したお湯を勢いよく注ぎ、すぐにふたをして蒸らす。(細かい茶葉は2分半~3分・大きい茶葉は3分~4分)

③ポットの中をスプーンで軽くひと混ぜし、茶こしでこしながら最後の1滴までカップに注ぐ。


(インド式・ミルクティーの淹れ方) *知り合いの家で振る舞われた美味しさが忘れられません。

①鍋に茶葉(一人分小さじ1杯×人数分)と水(一人分100CC×人数分)を入れて火にかけ、濃い茶色になるまで煮込む。煮立ったら牛乳(一人分100CC×人数分)を加えさらに煮込む。

②全体に細かな泡が立ち、煮立ったら火を止める。

③1分ほどおいてから茶こしを使ってカップに注ぐ。

手間をかけたら、やっぱりおいしいですよね。でも、私の理想と現実のギャップを正直に告白しますね。

(年金式お手軽紅茶)

①安いデイリー紅茶(*フレーバーなしのシンプルなタイプ)のティーパックをカップに入れて、お湯を注ぎ、気分によって、ポッカレモンまたは、ミルクを加える。
 *つい、お手軽系に傾く私でした~
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美味しく淹れた紅茶には、やっぱり、手作りクッキーも添えられると嬉しいですよね。かすみ目になってからは、つい、レシピを見たり、秤の目盛りを見るのが、見ずらくなってきて、手作りのお菓子を作るのから遠ざかっていましたが、人様に差し上げるような、レシピどうりの、きちんとした物はできなくなっても、、レシピどうりではなく、アバウトで、自分のためのヘルシーな物にアレンジすれば、できるのではと考え、この前作ってみたら、山勘でも、結構ザクザクと、あんまり甘くないクッキーが焼けました。本来お菓子は、きちんと測ってこそ、美味しく仕上がるということですが、まあ、自分用と思えば、お気楽に作れますよね。 手作りは、心が「ほっこり」して満足しますね。

(かんたん紅茶クッキーの作り方)*もちろん、丸写しレシピですが、かんたんなので私好みです。

①柔らかいバター80gに、砂糖60gをよく混ぜ、さらに卵1個、バニラエッセンスを加えます。

②ケーキ用米粉160gと紅茶の葉(ティーパックの中身)小さじ1を加えてまぜ、1mラップの間にはさんで5mmくらいに伸ばします。

③型抜きをします。

④180度で12分くらいで12分くらい焼きます。

(年金世代ヘルシー紅茶クッキーの作り方)*減塩減油減糖・ある材料で・アバウト加減しながら

①柔らかいバター10g+テキトーな量のオリーブオイルに、砂糖20gをよく混ぜ、さらに卵
1個弱、バニラエッセンス(*バニラエッセンスは無ければ省略でOK!!)を加えます。

②ケーキ用米粉160g(米粉は無ければ薄力粉180gでOK!!)と紅茶の葉(ティーパックの中身)小さじ1を加えてまぜ、1mラップの間にはさんで5mmくらいに伸ばします。

③型抜きをします。

④180度で12分くらいで12分くらい焼きます。


(スコーンの作り方 12個分)*もちろん丸写しレシピです。ザックリした気分で作ってみてね。

①ボウルに、小麦粉450g、ベーキングパウダー小さじ2、塩2つまみ、砂糖大さじ4を入れ、室温で柔らかくしておいたバター80gを加える。

②バターと小麦粉を、サラサラになるまで手でこすり合わせる。

③牛乳250ccを加えて手で混ぜる。

④小麦粉をふるった台の上に生地を3cm厚さにのばし、抜き型で抜く。

⑤オーブンシートを敷いたオーブン皿に④を並べ200度に温めたオーブンで20分焼く。

紅茶にクッキーが揃えば、やはり、秋の気分にふさわしい音楽が聴きたくなりますよね。秋には、弦楽がふさわしいような気がします。やはり、ヴェルレーヌの「秋の日のヴィオロンのためいきの、身にしみてひたぶるに うら悲し。。。」からの連想でしょうか。でも、ブラームスの重厚な音楽は、もう少し秋も深まった11月ごろに聴きたくなります。9月には、もっと軽めの弦楽がふさわしい様な気分です。そこで、私は、以前に聴いていたCD(「STELLA」ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ2本で編成される女性奏者4人の弦楽のCD)を引っ張りだして、さっそく聴くことにしました。以上、食いしん坊で空想好きの、50年前は文学少女からの、安上がりコンサートの報告でした~。チャン・チャン011.gif
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# by itosikiarakan | 2016-09-12 20:40 | 私のこと

「温井麻耶の落語の時間ですよ」から(柳亭市馬)

◎柳亭市馬(7代目)「お化け長屋」
長屋の住人が、家主の留守中に、長屋の空き家に、お化けが出るという事にして、なんとか、自分たちの便宜のために、借りられないように、画策するが、相手のキャラクターしだいでは、とんでもないことになったという話を、おもしろおかしく聞かせてくれる。なめらかな口調で、お化けの描写も
微に入り細に入り表現してくれ流れる様な美声で充分楽しませてくれる。


◎柳亭市馬(7代目)「七段目」
お芝居に、入れ込んでいる若旦那が、家業を心配する父親に小言を言われ叱責を受ける。それに対して若旦那は、神妙に受け応えするのかと思いきや、歌舞伎の声色とセリフと言い回しで応答するものだから、ますます父親に叱られ、ついには、2階に追いやられる。それをとりなす役目で小僧が、2階に上がっていく。ところが小僧も芝居好きとあって、二人で芝居の真似事が始まる。その結果は。。。すらすらと、歌舞伎の言い回しと口上が、流れるように、しかも歌舞伎の言い回しで、みごとに口をつくのを聴けば、どなたもうっとり、さすが、プロの力だと感心すると思います。やわらかで、おおらかな雰囲気で、とても温かで豊かな気分に浸れましたよ。
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# by itosikiarakan | 2016-08-28 16:02 | テレビ・ラジオ

日々 新たなり

昨日は、仙台に用事がありました。、というのも、なんとか、世の中を、もう少しだけでも、はっきり見たいものだと、眼鏡屋さんに、眼鏡作りを依頼していて、それを受け取る日だったからです。
お昼時間に伺っては、昼休みにご迷惑かもしれないと、勝手に遠慮して、私も、その間、ランチをいただく事にしました。どのお店にしようかなと迷ったのですが、チェーン店のコーヒー店は、私にとって、システムが新しすぎて、戸惑う事が多いのです。でも、クリスロードの上島コーヒー店は、雰囲気が、昭和レトロだったので、入りやすかったので入ることにしました。。ミックスサンドとホットコーヒーというこれ又、昭和レトロなランチをいただいて、大満足!!特に、コーヒーの味は最高で、おかわりしたいほどでしたよ。雰囲気もレトロで、昭和モダンの香りです。しかも、おしゃれに、ジャズが流れて、大好きな雰囲気でした。私のお気に入りのお店決定で、一人でくつろげる場所だというのも、気に入りました。これが、本日の、出会い①ですが、 次の出会い②は本です。古い近場を見るための眼鏡を使用してがんばって読みました。その本は、五木寛之さんの「玄冬の門」(kkベストセラーズ出版)です。もう、これは、私の今の心境にピッタリで、共感の連続で、心の中で、「そうだ!!そうだ!!その、通り!!」と叫んでいました。一般論で、世間が考えている退職後の幸福と、その年代の本音の幸福は、誤差があります。私も、退職後に世間並の幸福を追いかけようとしましたが、くたびれてしまいました。世間が考える望ましい退職後の幸福とは、「趣味は持たなければならない。」「ボランティア等で貢献する意義ある生活。」「旅行などの変化ある楽しみを持つのが望ましい。」「スポーツで体をきたえる。」「友達を作るべきだ。絆と助け合いが生きる張り合いになる。」などです。以上をクリアしないと、同年代の落ちこぼれになると、あせった時期もありましたが、今は、「あるべき姿」より、「ありのままの自分の本音にそった姿」が、一番自然なのだという心境なのです。この本は、よくある老後の啓発本と違って、この年代を通った人でないと解らない、真実・本音満載で、目を見張るべき、画期的な内容となっております。出会うべき時に出会った本です。 次の③の出会いは、もちろん眼鏡ですよ。
フレームは、ワインカラーで、形は、アラレちゃんぽいです。遠近両用ですが、何より、今まで左が後遺症のため、視野の左がかすんでいましたが、右の近眼を矯正したおかげで、テレビが、見えます。本当に嬉しくありがたい事です。もちろん、以前の様な見え方ではありませんけど、若い時と見え方が違うのは、当たり前で、当然の事です。そうです。◎「ちょうどでなくても、いいのわ~。」でした!!それから、世の中いろいろとありますが、◎「自分で、最善のやるべきことをやったら、あれこれ後ろを振り返らず、迷わずに新しい気持ちで前へ進もう!!」◎「どうしようもない事に関しては、人生、あきらめが肝心!!これが、運命だと思って、あきらめろ!!」◎「何とかなるさ!!なるようになる!!」と自分に言い聞かせております。新しい出会いに三つも出会えたのですから、「日々新たなり!!」で、おおらかに元気よく歩っていく覚悟です。エイエイ オー!!003.gif
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# by itosikiarakan | 2016-08-27 14:55 | 私のこと

好みは、さりげなく ささやかへ

お年頃になると、体の加齢なる変身に伴い、好みも変化してきます。例えば、景色環境も、以前は、込み入っている刺激的な都会も好きでしたが、眼のコントラストが悪くなってからは、緑の多い景色や、海、森、川、空、植物、空、風等を感じられる、自然環境が安らぎを感じる場所となりました。
とにかく、あまり、気合の入った立派で豪華な大型な場所は、すべて、遠慮したいです。例えば、大型スーパー・大型美容院・などなど。。。お付き合いも、ついでにくらいの、気軽で淡々とした交際が負担なく嬉しくなります。気軽で気を使わないのが一番です。立派すぎる、素敵すぎるはありがたさで恐縮していしまいます。ありのままが一番ありがたい事です。ある意味のゆるさテキトーさが大切になってきます。わざわざよりたまたまという事でしょうか。重さに耐える体力に、比例してくるのでしょうか。。。とにかく、すべて、好みは、さりげなく、ささやかにになってきました。それを、じっくりと、味わいたいものです。
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# by itosikiarakan | 2016-08-23 20:04 | 私のこと

昔のばあちゃん 今のばあちゃん

ありのままの不完全な現実を、自然の流れとして、淡々と受け入れたいと思っている私は、昔のばあちゃん達の言葉の知恵の深さに、やっと気付くようになりました。まあ、昔のばあちゃんとか、今のばあちゃんとか言っても、あくまで、私の経験した方々のみで感じた事ですので、ひとくくりに比較できませんが、その範囲で感じた事を記載させて下さいね。

<◎昔のばあちゃん>                 

◎相手の存在そのものにリスペクトできる。               

◎「おら、ちょうどでなくてもいいのわ~歳だもの~」と不完全をありのままに自然の流れとして受け入れる。

◎知恵の深さ。

◎違いを認め、共に生きようとする、共生の心。

◎野菊が枯れるように、諸行無常を、受け入れ許し、自然の流れを尊重する。

◎「おら 何でも、いいのわ~」(*究極のすごい言葉です。すべての事に長短があるので、すべてを受け入れて、こだわりを捨てた境地に入らなければ、言えない言葉だと、思います。)

<☆今のばあちゃん>

☆「成果があれば」の条件付きで、相手をリスペクトする。

☆完璧主義で、完璧な状態のみが優れているとの価値観なので、不完全な状態を受け入れずに戦う。

☆知識の豊富さ。

☆同質の能力にのみ価値があるように思い、それに向かって努力を重ね、その努力をしない人を認めない。競争の心。

☆自然の流れを、なんとか、くい止めようと無理をする。


*個人差があるので、いちがいには、くくれませんが、大ざっぱに比較すると、昔のばちゃんは
生きとし生けるものすべてに、命の魂が宿っていて、その自然と共に生きようとする東洋的感性が生き方のベースとしてあり、「諸行無常」を認める仏教的感性に裏打ちされた考え方のように思う。
それに対して、現代のばあちゃんは、合理的で、人間の力で、自然の流れを支配しようとか、成果をあげて勝ち取ろうとする西洋的感性を感じる。   例えば、「若く見えて元気な事のみが素晴らしい!!人間は前向きに生きる事が素晴らしい!!」という、1種類だけに価値をみいだすので、アンチエイジングに、必死になり、なんとか、それに近づくこうと、ともかく努力するようになる。「とにかく、若くいなくちゃ!!とにかく趣味をもたなくちゃ!!旅行もしなくちゃ!!そうしなければ同年代の落ちこぼれ組になってしまう!!」とあせり競争しまくる。結果的に若づくりのばあちゃんがあふれる。自由に歳に縛られずに、楽しくオシャレできる世の中になって、それは、とても素晴らしいとは思います。でも、心のかたすみでは、こうも思うのです。昔のばあちゃんは、顔もしわだらけで、服装も年配向きの和服等でしたが、それにもかかわらず、とても魅力がありました。無理のないその年代でしか出せない味わいというか、本物の魅力でした。心の深さや豊かさがにじみ出る、内面からの魅力が、子供の私にも分かる程でした。所詮、若づくりしたところでそれはフェイクで、旬の娘さんたちに、かなうはずもありません。その年代でしか醸し出されない旬の魅力こそが、本物なのでしょうね。
私は、昔のばあちゃんにも、今のばあちゃんにもなりきれませんが、私の好きな作家の曽野綾子さんの著書「完本 戒老録」(祥伝社)の中からの次の言葉を胸に刻んで、老いを自然の流れとして受け入れさりげなくサラッと淡々と、お年頃と、おつきあいしていけたらなと、思っています。

◎「悪あがきをしない自然さがあれば、無言のうちに、そこに威厳を感じるものなのである。」

◎「与えられることをでなく、与えることを願う。」

◎「老人が、慎ましく堂々と老いを受けとめていさえすれば、誰も敬服するものである。」

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# by itosikiarakan | 2016-08-20 16:16 | 私のこと

夏は、ゆかたで。

七夕や、お盆も過ぎましたね。  やっと、普通の生活に戻り、気分は夏の疲れと共に「ふっうーーー。。。」というところでしょうか。日中は、ずいぶんと暑いのですが、立秋も過ぎますと、朝は、サラサラと涼しい風を感じます。「柴わんこ」の暮らしに憧れている、私こと「ばばわんこ」は、七夕とお盆の入りの日には、ゆかたを着るようにしています。さすがに、お年頃の私は、帯は、「蝶結び」にすることは、はばかられますので、「矢の字」に帯を結びます。この結び方は、腰が隠れて、お年頃の年代でも、落ち着いた雰囲気なので、気に入っています。「貝の口」結びも、いいなと思っていますので、ちゃんと覚えたいと思っています。と、なぜか、帯結びに詳しそうな誤解を呼ぶ文章になってしまいましたが、本を読んで、「これでいいのかなあ~」と試行錯誤の帯結びなので、いまひとつ自信がありません。「正しく、覚えたいよ~!!」   でも、着物を着ると、シャキッと爽快な気分に変わるのが、心地良いのです。でも、この着物姿でいられるのも、私の場合せいぜい1時間が限度ですので、1日中着物を着ていた昔の人々の辛抱強さに、改めて尊敬の念をいだきつつ、ラクチンな、洋服に着替える私でした~~。012.gif
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# by itosikiarakan | 2016-08-17 15:42 | 和ごころ

相模原の事件とお天道様

ブログにアップするのが、遅くなってしまいました。 障害者に対する事件に、呆然としてしまいどうして、こんな事になってしまったのだろうという風に感じています。

価値観の多様化と思想の自由はありますが、「人間としてこれだけは、ダメでしょう。」という古今東西不変のコアともいうべき柱まで崩して良いはずがありません。

「違いを認め、それを尊重し、共に生きてゆきましょう。。。」


(違いを認め、それを尊重する。)

宗教の違い、民族の違い、男女の違い、健常者と障害者 それぞれ、違ってていいじゃないですか。 どちらかひとつしか認めないことから、争いが始まりますよね。いろんな、花は、それぞれ美しいのですから。むしろ、いろいろな種類があるほうが、生き生きと生きられます。むしろ、効率も良くなるとおもいます。生態系は、おたがいさまで成り立っているので、生きとし生ける者すべてに、意味があると思いますよ。目先の役立つ立たないでは測れない意味が。  そして、その違いで上下を競うのではなくて、お互いの違いにリスペクト尊重しあう事が、できます様に!!
評価制度、能率と効率競争で、人が人を裁きませんように!!


(共に生きてゆきましょう。)

競争から、共生へ移行しなければ、やがて、行き詰まるとも言われています。能力のある者だけを集めて仕事を進めるよりも、むしろ、いろんな、能力の者を集めて仕事を進めたほうが、むしろ良い仕事になったという様なことも聞いたことがあります。能力もいろんな種類がありますからね。
仙台四郎さんを、温かく受け入れたお店は、むしろ繁盛したそうですよ。


*昔は、よく「お天道様がみてるよ!!」と戒められたものでした。特定の宗教とかではなく、大いなる大自然の摂理や、大いなる存在に畏敬の念を感じていました。すべて、大いなる大自然の作品なのです。ですから、その大切な作品を一個人の勝手な思いで、裁いてはいけないのではないでしょうか。それは、人間として、とても傲慢な分をわきまえない行為です。人を物として考え、効率や目先の役立つかどうかだけで測る感性は、何故培われるようになったのでしょうか。科学の発達と平行して、大自然の不思議さに対して、大いなる存在に対して畏敬の念を培うことは矛盾することではなくて、むしろ、科学を進めれば進めるほど、ワンダーランドを感じるのではないでしょうか。もっと私たちは謙虚に、「お天道さまに恥じない」生き方をすることで、広く豊かな人間性感性を培うことができると思います。それは、決して非科学的無知蒙昧な生き方ではないのですから。。。

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# by itosikiarakan | 2016-08-06 16:09 | テレビ・ラジオ

ご同輩へのつぶやき

団塊の世代のご同輩へ!!
私たちは、走り続けてきましたね。ベビーブームでしたので、私なんかは、やっとこ さっとこ
ここまで、走ってきたなあという感じです。
ビートルズの洗礼も受けてきた私たちも、青葉若葉の時期は、もうとっくに過ぎて、アラカンどころか、葉もそろそろ朽ちてきて秋の風情も深まってきました。これからも、パーツもいろいろと朽ちてくるかと思います。でも、悲しまないようにしようね。身体のパーツが朽ちてくるのと比例して、心の余計なもの(見栄とか、我とか、競争心とか)も剥ぎ落とされて、赤ちゃんのような無邪気な心になれるといいね。 と、自分に言い聞かせている私で~す!!!


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# by itosikiarakan | 2016-07-26 17:08 | 私のこと