いとしきアラカン

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「温井麻耶の落語の時間ですよ」から(柳亭市馬)

◎柳亭市馬(7代目)「お化け長屋」
長屋の住人が、家主の留守中に、長屋の空き家に、お化けが出るという事にして、なんとか、自分たちの便宜のために、借りられないように、画策するが、相手のキャラクターしだいでは、とんでもないことになったという話を、おもしろおかしく聞かせてくれる。なめらかな口調で、お化けの描写も
微に入り細に入り表現してくれ流れる様な美声で充分楽しませてくれる。


◎柳亭市馬(7代目)「七段目」
お芝居に、入れ込んでいる若旦那が、家業を心配する父親に小言を言われ叱責を受ける。それに対して若旦那は、神妙に受け応えするのかと思いきや、歌舞伎の声色とセリフと言い回しで応答するものだから、ますます父親に叱られ、ついには、2階に追いやられる。それをとりなす役目で小僧が、2階に上がっていく。ところが小僧も芝居好きとあって、二人で芝居の真似事が始まる。その結果は。。。すらすらと、歌舞伎の言い回しと口上が、流れるように、しかも歌舞伎の言い回しで、みごとに口をつくのを聴けば、どなたもうっとり、さすが、プロの力だと感心すると思います。やわらかで、おおらかな雰囲気で、とても温かで豊かな気分に浸れましたよ。
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by itosikiarakan | 2016-08-28 16:02 | テレビ・ラジオ

日々 新たなり

昨日は、仙台に用事がありました。、というのも、なんとか、世の中を、もう少しだけでも、はっきり見たいものだと、眼鏡屋さんに、眼鏡作りを依頼していて、それを受け取る日だったからです。
お昼時間に伺っては、昼休みにご迷惑かもしれないと、勝手に遠慮して、私も、その間、ランチをいただく事にしました。どのお店にしようかなと迷ったのですが、チェーン店のコーヒー店は、私にとって、システムが新しすぎて、戸惑う事が多いのです。でも、クリスロードの上島コーヒー店は、雰囲気が、昭和レトロだったので、入りやすかったので入ることにしました。。ミックスサンドとホットコーヒーというこれ又、昭和レトロなランチをいただいて、大満足!!特に、コーヒーの味は最高で、おかわりしたいほどでしたよ。雰囲気もレトロで、昭和モダンの香りです。しかも、おしゃれに、ジャズが流れて、大好きな雰囲気でした。私のお気に入りのお店決定で、一人でくつろげる場所だというのも、気に入りました。これが、本日の、出会い①ですが、 次の出会い②は本です。古い近場を見るための眼鏡を使用してがんばって読みました。その本は、五木寛之さんの「玄冬の門」(kkベストセラーズ出版)です。もう、これは、私の今の心境にピッタリで、共感の連続で、心の中で、「そうだ!!そうだ!!その、通り!!」と叫んでいました。一般論で、世間が考えている退職後の幸福と、その年代の本音の幸福は、誤差があります。私も、退職後に世間並の幸福を追いかけようとしましたが、くたびれてしまいました。世間が考える望ましい退職後の幸福とは、「趣味は持たなければならない。」「ボランティア等で貢献する意義ある生活。」「旅行などの変化ある楽しみを持つのが望ましい。」「スポーツで体をきたえる。」「友達を作るべきだ。絆と助け合いが生きる張り合いになる。」などです。以上をクリアしないと、同年代の落ちこぼれになると、あせった時期もありましたが、今は、「あるべき姿」より、「ありのままの自分の本音にそった姿」が、一番自然なのだという心境なのです。この本は、よくある老後の啓発本と違って、この年代を通った人でないと解らない、真実・本音満載で、目を見張るべき、画期的な内容となっております。出会うべき時に出会った本です。 次の③の出会いは、もちろん眼鏡ですよ。
フレームは、ワインカラーで、形は、アラレちゃんぽいです。遠近両用ですが、何より、今まで左が後遺症のため、視野の左がかすんでいましたが、右の近眼を矯正したおかげで、テレビが、見えます。本当に嬉しくありがたい事です。もちろん、以前の様な見え方ではありませんけど、若い時と見え方が違うのは、当たり前で、当然の事です。そうです。◎「ちょうどでなくても、いいのわ~。」でした!!それから、世の中いろいろとありますが、◎「自分で、最善のやるべきことをやったら、あれこれ後ろを振り返らず、迷わずに新しい気持ちで前へ進もう!!」◎「どうしようもない事に関しては、人生、あきらめが肝心!!これが、運命だと思って、あきらめろ!!」◎「何とかなるさ!!なるようになる!!」と自分に言い聞かせております。新しい出会いに三つも出会えたのですから、「日々新たなり!!」で、おおらかに元気よく歩っていく覚悟です。エイエイ オー!!003.gif
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by itosikiarakan | 2016-08-27 14:55 | 私のこと

好みは、さりげなく ささやかへ

お年頃になると、体の加齢なる変身に伴い、好みも変化してきます。例えば、景色環境も、以前は、込み入っている刺激的な都会も好きでしたが、眼のコントラストが悪くなってからは、緑の多い景色や、海、森、川、空、植物、空、風等を感じられる、自然環境が安らぎを感じる場所となりました。
とにかく、あまり、気合の入った立派で豪華な大型な場所は、すべて、遠慮したいです。例えば、大型スーパー・大型美容院・などなど。。。お付き合いも、ついでにくらいの、気軽で淡々とした交際が負担なく嬉しくなります。気軽で気を使わないのが一番です。立派すぎる、素敵すぎるはありがたさで恐縮していしまいます。ありのままが一番ありがたい事です。ある意味のゆるさテキトーさが大切になってきます。わざわざよりたまたまという事でしょうか。重さに耐える体力に、比例してくるのでしょうか。。。とにかく、すべて、好みは、さりげなく、ささやかにになってきました。それを、じっくりと、味わいたいものです。
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by itosikiarakan | 2016-08-23 20:04 | 私のこと

昔のばあちゃん 今のばあちゃん

ありのままの不完全な現実を、自然の流れとして、淡々と受け入れたいと思っている私は、昔のばあちゃん達の言葉の知恵の深さに、やっと気付くようになりました。まあ、昔のばあちゃんとか、今のばあちゃんとか言っても、あくまで、私の経験した方々のみで感じた事ですので、ひとくくりに比較できませんが、その範囲で感じた事を記載させて下さいね。

<◎昔のばあちゃん>                 

◎相手の存在そのものにリスペクトできる。               

◎「おら、ちょうどでなくてもいいのわ~歳だもの~」と不完全をありのままに自然の流れとして受け入れる。

◎知恵の深さ。

◎違いを認め、共に生きようとする、共生の心。

◎野菊が枯れるように、諸行無常を、受け入れ許し、自然の流れを尊重する。

◎「おら 何でも、いいのわ~」(*究極のすごい言葉です。すべての事に長短があるので、すべてを受け入れて、こだわりを捨てた境地に入らなければ、言えない言葉だと、思います。)

<☆今のばあちゃん>

☆「成果があれば」の条件付きで、相手をリスペクトする。

☆完璧主義で、完璧な状態のみが優れているとの価値観なので、不完全な状態を受け入れずに戦う。

☆知識の豊富さ。

☆同質の能力にのみ価値があるように思い、それに向かって努力を重ね、その努力をしない人を認めない。競争の心。

☆自然の流れを、なんとか、くい止めようと無理をする。


*個人差があるので、いちがいには、くくれませんが、大ざっぱに比較すると、昔のばちゃんは
生きとし生けるものすべてに、命の魂が宿っていて、その自然と共に生きようとする東洋的感性が生き方のベースとしてあり、「諸行無常」を認める仏教的感性に裏打ちされた考え方のように思う。
それに対して、現代のばあちゃんは、合理的で、人間の力で、自然の流れを支配しようとか、成果をあげて勝ち取ろうとする西洋的感性を感じる。   例えば、「若く見えて元気な事のみが素晴らしい!!人間は前向きに生きる事が素晴らしい!!」という、1種類だけに価値をみいだすので、アンチエイジングに、必死になり、なんとか、それに近づくこうと、ともかく努力するようになる。「とにかく、若くいなくちゃ!!とにかく趣味をもたなくちゃ!!旅行もしなくちゃ!!そうしなければ同年代の落ちこぼれ組になってしまう!!」とあせり競争しまくる。結果的に若づくりのばあちゃんがあふれる。自由に歳に縛られずに、楽しくオシャレできる世の中になって、それは、とても素晴らしいとは思います。でも、心のかたすみでは、こうも思うのです。昔のばあちゃんは、顔もしわだらけで、服装も年配向きの和服等でしたが、それにもかかわらず、とても魅力がありました。無理のないその年代でしか出せない味わいというか、本物の魅力でした。心の深さや豊かさがにじみ出る、内面からの魅力が、子供の私にも分かる程でした。所詮、若づくりしたところでそれはフェイクで、旬の娘さんたちに、かなうはずもありません。その年代でしか醸し出されない旬の魅力こそが、本物なのでしょうね。
私は、昔のばあちゃんにも、今のばあちゃんにもなりきれませんが、私の好きな作家の曽野綾子さんの著書「完本 戒老録」(祥伝社)の中からの次の言葉を胸に刻んで、老いを自然の流れとして受け入れさりげなくサラッと淡々と、お年頃と、おつきあいしていけたらなと、思っています。

◎「悪あがきをしない自然さがあれば、無言のうちに、そこに威厳を感じるものなのである。」

◎「与えられることをでなく、与えることを願う。」

◎「老人が、慎ましく堂々と老いを受けとめていさえすれば、誰も敬服するものである。」

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by itosikiarakan | 2016-08-20 16:16 | 私のこと

夏は、ゆかたで。

七夕や、お盆も過ぎましたね。  やっと、普通の生活に戻り、気分は夏の疲れと共に「ふっうーーー。。。」というところでしょうか。日中は、ずいぶんと暑いのですが、立秋も過ぎますと、朝は、サラサラと涼しい風を感じます。「柴わんこ」の暮らしに憧れている、私こと「ばばわんこ」は、七夕とお盆の入りの日には、ゆかたを着るようにしています。さすがに、お年頃の私は、帯は、「蝶結び」にすることは、はばかられますので、「矢の字」に帯を結びます。この結び方は、腰が隠れて、お年頃の年代でも、落ち着いた雰囲気なので、気に入っています。「貝の口」結びも、いいなと思っていますので、ちゃんと覚えたいと思っています。と、なぜか、帯結びに詳しそうな誤解を呼ぶ文章になってしまいましたが、本を読んで、「これでいいのかなあ~」と試行錯誤の帯結びなので、いまひとつ自信がありません。「正しく、覚えたいよ~!!」   でも、着物を着ると、シャキッと爽快な気分に変わるのが、心地良いのです。でも、この着物姿でいられるのも、私の場合せいぜい1時間が限度ですので、1日中着物を着ていた昔の人々の辛抱強さに、改めて尊敬の念をいだきつつ、ラクチンな、洋服に着替える私でした~~。012.gif
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by itosikiarakan | 2016-08-17 15:42 | 和ごころ

相模原の事件とお天道様

ブログにアップするのが、遅くなってしまいました。 障害者に対する事件に、呆然としてしまいどうして、こんな事になってしまったのだろうという風に感じています。

価値観の多様化と思想の自由はありますが、「人間としてこれだけは、ダメでしょう。」という古今東西不変のコアともいうべき柱まで崩して良いはずがありません。

「違いを認め、それを尊重し、共に生きてゆきましょう。。。」


(違いを認め、それを尊重する。)

宗教の違い、民族の違い、男女の違い、健常者と障害者 それぞれ、違ってていいじゃないですか。 どちらかひとつしか認めないことから、争いが始まりますよね。いろんな、花は、それぞれ美しいのですから。むしろ、いろいろな種類があるほうが、生き生きと生きられます。むしろ、効率も良くなるとおもいます。生態系は、おたがいさまで成り立っているので、生きとし生ける者すべてに、意味があると思いますよ。目先の役立つ立たないでは測れない意味が。  そして、その違いで上下を競うのではなくて、お互いの違いにリスペクト尊重しあう事が、できます様に!!
評価制度、能率と効率競争で、人が人を裁きませんように!!


(共に生きてゆきましょう。)

競争から、共生へ移行しなければ、やがて、行き詰まるとも言われています。能力のある者だけを集めて仕事を進めるよりも、むしろ、いろんな、能力の者を集めて仕事を進めたほうが、むしろ良い仕事になったという様なことも聞いたことがあります。能力もいろんな種類がありますからね。
仙台四郎さんを、温かく受け入れたお店は、むしろ繁盛したそうですよ。


*昔は、よく「お天道様がみてるよ!!」と戒められたものでした。特定の宗教とかではなく、大いなる大自然の摂理や、大いなる存在に畏敬の念を感じていました。すべて、大いなる大自然の作品なのです。ですから、その大切な作品を一個人の勝手な思いで、裁いてはいけないのではないでしょうか。それは、人間として、とても傲慢な分をわきまえない行為です。人を物として考え、効率や目先の役立つかどうかだけで測る感性は、何故培われるようになったのでしょうか。科学の発達と平行して、大自然の不思議さに対して、大いなる存在に対して畏敬の念を培うことは矛盾することではなくて、むしろ、科学を進めれば進めるほど、ワンダーランドを感じるのではないでしょうか。もっと私たちは謙虚に、「お天道さまに恥じない」生き方をすることで、広く豊かな人間性感性を培うことができると思います。それは、決して非科学的無知蒙昧な生き方ではないのですから。。。

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by itosikiarakan | 2016-08-06 16:09 | テレビ・ラジオ