いとしきアラカン

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セラ ヴィ

セラ ヴィ(人生って、こんなものよ。) この言葉は、TVの、マルセイユの街を散策してゆく旅のルポ番組の中で、老年の女性がつぶやいていた言葉です。アラカン世代の私としては、その言葉が心に染みました。その言葉には、人生いろいろあったけど、すべてを受け入れてきた諦観と味わいがあり、なげやりだけではない深さがありました。真面目な方には、叱られるかもしれないけれど、人生いろいろ、考え方もいろいろ、ある意味あやし、あやし、だまし、だまし生きることも必要かもしれませんね
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by itosikiarakan | 2013-06-26 16:07 | 私のこと

すべて受け入れOK!! ごきげんな亀として!!

私は、「ドジでのろまな亀でーす!!。」(*昔懐かし「アテンション プリーズ」の堀智恵美ちゃん風?」)
今まで、自分は亀タイプなのに、兎タイプになれなくて悩んだり、兎タイプをうらやましく思っていたりしました。自分が亀タイプであることを認めたくなかったのですね。でも今、自分が亀タイプなのを潔くしっかりと受け入れて、亀は亀らしく一歩一歩ご機嫌に真心こめて歩いて行くことにしました。兎は兎ならではの良さがあり、亀は亀なりの良さがあり平等だからです。きっかけは、ラジオで田中ウルヴェ京さんのお話を伺ったからです。(*かなり感化されやすい単純な私?) お話の内容は、◎心の中の一人言つぶやきを、マイナス言葉ではなくてプラス言葉でつぶやく事が肝心である。 ◎落ち込んだ時も、笑顔で上向きにつぶやく。◎大切なのは、すべての人へのリスペクトと謙虚さ!!。 (主旨の捉え方が、間違っていたらごめんなさい。) 自分に向けて勝手な解釈かもしれませんが、たとえマイナスなことでさえも、すべて受け入れて、しかもそれを慈しんで労って、笑顔で「すべて受け入れOK!!」と静かに歩み続けるごきげんな亀として生きていくことなのですね。 「私は、亀でーす!!」 
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by itosikiarakan | 2013-06-26 15:39 | 私のこと

聞き上手

聞き上手って、魅力ですね~!!だって、自分を主張する前に、相手のありのままを尊重して生かすことができるということですから、究極のエレガントだと思います。引き算の魅力こそ、最高!!012.gif
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by itosikiarakan | 2013-06-11 16:34 | 私のこと

近所付き合い

今の時代は、近所付き合いが、あまり無いと言われてます。回覧板でさえ、なるべく顔を合わせなくて済むようにさりげなく、玄関先に置くような雰囲気です。なぜ、それ程まで付き合いを避けるのでしょうか。プライバシーを過剰に守る意識もあるでしょう。それから、近所だからこそ、付き合ってしまえば、煩わしさに巻きこまれたら、いつも見る近所の景色がストレスの景色になって、しかもその景色が一生続くことを考えれば慎重にもなるでしょう。おすそ分けを頂いたら、そのお返しも考えます。うっかり、お茶を自宅でサービスされたらば、我が家でも、チャンスを見てお茶にご招待しなければと考えます。そして、見栄もあって掃除していない所をみられたら恥ずかしい等もあるかもしれません。その煩わしさを考えれば、一般論として、いくら近所付き合いが大切だと言われても、気が進まないのも、最もです。それに比べて昭和30年代以前までは、自然な近隣とのコミュニュケーションがありました。何故でしょうか。それは、どうしてもコミュニケーションしなければいけない必要性があったからです。たとえば、近所の家に貰い風呂に行く、電話を借りに行く、テレビを見せていただく、買い物も、商店街の小売店で、いちいち、お店の人と会話しなければできません。農家の場合だと、田植えなどは、まだ機械化されていないので、多くの人手を必要として、協力とコミュニケーション無しには仕事になりませんでした。でも、今は、機械化され、大型スーパーもあり、食糧も買えばあるし、現代は、コミュニケーションを煩わしさに耐えてまでする必要性がなく、自力で何でも賄える時代になりました。それは、良いことかどうかはわかりません。人は、根底では、コミュニケーションを求めるものだからです。昔のコミュニケーションは必要性から生まれた自然な形でした。その中から、さまざまな魂の深さが育まれたと思います。いろいろな人間が居るのだなあと違いを慈しむ思いやりも育ったことでしょう。しかし、現代の評価と競争の価値感の中では、ありのままの自分をさらす事は、あまりにもリスクが大きくて、ついコミュニケーションを避けたくなるのも最もです。必要性も無いのに、昔の様な近所付き合いをしようとしても無理なことだと思います。では、現代に合った無理のないコミュニケーションとは、どの様な形でしょうか。私としては、趣味の会や同好会等が、後腐れなくて良いと思います。仮に途中で抜けても、個人を断つよりも傷付かずにすむし、あまりストレスなくコミュニケーションを得られるような気がします。  PS アラカン世代の私が電話で、映画館や、パソコン案内係に電話しても、生身のお姉さんの肉声ではなく、録音されたお姉さんの声が機械的に指示するだけで、私にとって何の解決にもなりません。生のお姉さんの声が聞きたいよ~!!008.gif
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by itosikiarakan | 2013-06-11 15:36 | 私のこと

奥山佳恵ちゃん、可愛い!!

テレビ番組の「ノンストップ」に、出演していた女優の奥山佳恵ちゃん、可愛い!!私は、この女優さん知りませんでしたが、この番組では、努力しても料理が下手な女性として、発言しておりました。本当はこの方は、実際には料理が上手なのに、話題演出として下手なふりをしておられるのかもしれませんが、私が、努力しても料理が下手なので、すごく親しみを感じました。芸能人なのに料理まで完璧な方や、一般人でもすごくレべルの高い料理を作ってブログに美しく掲載されている方を見ると、励まされるどころか逆に自分がナサケなくなって落ち込んでしまいます。何が人を元気付けるかわかりません。模範的な完璧作品より、逆に、完璧でなくても、あくまで明るく楽しんでいる無邪気そうな佳恵ちゃんの笑顔に救われます。そうです。完璧よりありのままを楽しむ笑顔があるからなのです。「家庭料理は、真心こめて一生懸命作ればOKにしていただけませんか?完璧な味を求めるのならば、それはお店でどうぞ!!」と、つい開き直り宣言をしそうです。というのは、料理能力も、やはり生まれもった個人差があり、その与えられた能力以上にがんばろうとすると、ストレスになり暗くなると思います。佳恵ちゃんは、たとえ料理が下手でも、一番大事な明るい笑顔があるからそれで、周りを幸せにすればいいよ!!技より心!!私の経験と偏見では、料理技術の優れている知人は一般的には厳しい妥協を許さないタイプが多いと思います。逆に、料理下手な知人は一般的に人が良く相手にあわせてくれる笑顔タイプが多いと思います。技で貢献するタイプと、笑顔で貢献するタイプ。私は今のところ、技も笑顔もイマイチなので、せめて笑顔を心がけるね。ついでに、料理下手だけど、すごく嬉しかった思い出を語りたいと思います。私が、小学生の運動会の時でした。同級生のお母さんが、私に「家の稲荷寿司も、食べてみさい。」と稲荷寿司をひとつ分けてくれました。今考えるとその稲荷寿司は、味が薄くて水っぽい味でしたが、子供の私は、よその家の味がめずらしかったのかおいしかったのです。「おばさんのあったかい気持ちが伝わっておいしかったよ!!」忘れられない思い出です。ちなみに、佳恵ちゃんのブログの名は、「奥山佳恵てきとう絵日記」です。よかったら、のぞいてみてね!!058.gif
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by itosikiarakan | 2013-06-11 10:19 | テレビ・ラジオ