いとしきアラカン

itosikiara.exblog.jp
ブログトップ

<   2011年 09月 ( 6 )   > この月の画像一覧

ひきつlづき、手帖から

◎職場の方々の中には、いろんな反応や対応をされる人もいらしゃり、自分の足りなさを反省すると共に、そういう人と、どう接していったら良いのかを考えて、心を整理しないと進めなかった日々にメモしたものです。

礼儀を忘れた反応をする人に対しては、・冷静にビジネスライクにアッサリと、相手にエラーキーが出たと思う。・一歩下がって、相手をサラサラと大きく包み、「いつかは、わかって下さい。」と祈る。・職場の人間として一応の声がけはするが、距離を置く。
社会人としての会話ができるようにしたい。・対社会的な事に「自分に関係ないヤ」という態度では、世の中から取り残される。・社会に対して無関心なのは、社会に対して愛がない。・話題を提供できる話題サービスメリットのある人になりたい。
                                (1991年 手帖)

d0165579_1218181.jpg

[PR]
by itosikiarakan | 2011-09-28 12:16 | 私のこと

ひきつづき、手帖から

◎このころは、まだ、自分をがんばって良い方向へ変えようと力んでいた時代でした。(*恥 ずかしながら)自分に欠けている反対の要素を取り入れたかったようです。
 ○豊かで、強くて、広い人にレベルアップしたい。=役立つ人になりたい。
 ○友人は大切にはしたいが、本音とあまり違いすぎる対応は無理というものなので、濃さをA
   BCに分けて接する。
 ○立派なひとになれなくても、ニコニコしたひとでいたい。
 ○①にゆとりの丸さ。②にノルマ。
 ○聞き上手になる。=対外、現実的なものに興味を持ち、言葉のキャッチボールができる様
  にする。=自己中心の興味を捨て、筋道立った話ができる様にする。
 ○資格を取る。
 ○プロとして、知識を身に付ける。
                              (1991年 手帖)

d0165579_1231121.jpg

[PR]
by itosikiarakan | 2011-09-20 12:26 | 私のこと

近ごろの、気持・実感として

<気持ちのこもっているものは、おいしい!!。>
「気持ちのこもっているものは、おいしい!!。」と、一般論として、言葉としては、もちろん知っていましたが、実感として、本当に思ったのは、何と近ごろなんです。
 母は、かなり料理が上手なほうで、おいしいのですが、これは、上手だからだろうと、ずっと思っていました。
それは、もちろん上手だからというのもありますが、それ以前に気持ちがこもっているからなのですね。そういえば、料理屋さんや、惣菜屋さんの料理は上手なのに、心に沁みる優しいおいしさとは、なっていませんものね。
 たとえ、インスタント料理でも、作る人の気持ちがこもっていれば、その優しさが、食べる人の心に沁みるなあと、実感しています。
 「ばあちゃんの手作り弁当」という、本当に素人のおばあちゃんたちが、作っている保存料無添加のお弁当をいただきましたが、特別とびきりこっている味ではなくて、平凡なおかずが、平凡な味付けで、あたりまえに入っていました。でも、ほっとしたのです。その特別でない、「どうだ!!」という自己主張のない、特別においしい訳でもない、オシャレでもない普通さに涙が出そうになりました。料理って、競争するものでもなく、比較するものでもなく、
自己主張するものでもなく、作る人の、ケバクナイ、素直な優しい気持ちがこもっていれば、相手の心に沁みるものですね。

<相手と過去は変えられない。変えられるのは、自分と未来だけ。>
 アラカンの年齢になると、もういろいろ否定やご指導をいただくのは辛くなってきます。「自分は学ぶことは、何もない」とか、傲慢な気持ちで言っているのではないのです。人間一生謙虚に学ぶべきだということも理解しているつもりです。傲慢どころか、逆に自分の能力もわかってきて程度も見えてきたからなのです。若い時は、未来も希望もあるし、自分の能力も努力すれば何とかなるかもと思っていた部分もあります。ですから、からかわれても、笑って
素直にご指導や辛言を、受け流す余裕がありました。もう、アラカンぐらいの年齢になると心
の底から、学びたいと思っている事に対するアドバイスは受け入れられますが、それ以外の部分でいろいろ言われるのは、いやなのです。ですから、親切心からでも、いろいろ正直に真面目に本当の事をアドバイスする相手とは、付き合いたくないのです。でも、私自身が仕事として、若い方にいろいろ道徳(恥ずかしながら)や常識を基本として押しつけてきたことが思い
だされます。当人が、心の底から求めていない限り変わらないものなのですね。変えようとしてはいけないのですね。与えられている事に充分満足と感謝して、「足るを知る。」ことが大事なのですね。それ以上はぜいたくというもので、その様な状況であるには、それが自然である様ななりゆきがあったからなのですね。多くを望まず、良いところを見て、イヤがることを
しないでしたね。自分を棚に上げて感謝知らずの欲張りアラカンでした。(恥ずかしながら
012.gif
d0165579_17183855.jpg

[PR]
by itosikiarakan | 2011-09-17 16:39 | 私のこと

新時代は複雑すぎ

◎企業の電話受付
○フライパンの、とある企業に、アラカンは、部品が壊れたので電話注文しようとしました。チャレンジすること、約30回で、結果通じません。30回共答えは、吹き込み録音の音声で
「ただいま、大変込み合っています。もう少したったらお掛けなおしください。」です。電話での受け付けが、イヤなのであれば、電話受付廃止にしてください。信じた私がバカなのね。
トホホ。。。(たぶん、メール受付が主流なのね。メールで申し込もうとすると、半日ぐらい手間取りそうな私がいけないの。)と、だんだん、演歌調になるアラカンでした。

○映画館に、映画開始時間を聞こうとして、電話しました。新聞でも、ネットでも調べたのですが、毎日時間が変化して、今一確実さに欠けるので、電話で直接聞くのが一番だろうと、電話したのです。チャレンジすること時間帯をずらして約10回!!結果、生の人間の声とお話
することはできませんでした。答えは、吹き込み録音の音声で「直接、受付とお話したい方は
2番のボタンを押して下さい。」(*アラカン確実に押す。)→「ただいま、大変込み合っています。もう少したったらお掛けなおしください。」です。電話の意味ないじゃん!!何でこんなに、複雑なの~!!ただ、簡単に答えてほしいのにぃ~!!電話掛けるだけで、まる1日つぶすとは~!!かえって、新時代は、複雑すぎて不便だよ~!!と、ほとんど、反抗期の子供状態になるアラカンでした。

◎大きな店の店員さん
○手芸が苦手な私が、ある大きな手芸屋さんにこわごわ材料を買いに行きました。相談にのっていただきたい旨と内容を丁寧に説明してお願いしたのですが、店員さんは、木で鼻を括るような応対です。機械的に「売り場は、あのコーナーです。」と指さすのみです。それでも、私のほうから、声掛けて何とか、材料を買うことができました。少ししか買わない面倒な客のアラカンは気疲れしました~。。。

◎若いお母さん
○道を歩いていたら、若いお母さんが、赤ちゃんをおんぶして、ケータイ電話に夢中になっている姿が目に入りました。よく見るとおんぶひもの中に赤ちゃんの頭も、すっぽり入ってしまってかくれしまっています。アラカンは、安全なのか気になって、つい「今のおんぶひもはこういう形ですよね。。。大丈夫なんですよね。。。」と声掛けしました。そしたら、キツイ表情で、「ハイ!!」と答えが返ってきました。やまとなでしこらしく笑顔でとまでは言いませんが、たとえアラカンが今のはやりの、おんぶひもを知らなかったとしても、安全を気にして声がけしたのだなと思って、穏やかに「ありがとうございます。こういう形のつくりで安全なんですよ。」と返ってくれば、すごく安心したのにと思ったアラカンでした~

◎ミスドのお姉さん大好き!!
○よく、ファーストフード店の店員さんの対応は、マニュアル丸暗記で機械的で、良くないようにいう方がいらしゃいますが、私は大好きの大安心です。へたに、自分の好き嫌いや感情で
不平等で、自己流の対応をされるより、多少機械的でも、最低限失礼のない対応は、誰に対しても平等に保障されているので、安心してお話することができます。先日、サービス券の使い
方を、質問したら面倒そうな表情も見せずに、さわやかに説明してくれました。やはり、対応の基本をを、オーソドックスに勉強をつんでいる店員さんは違いますね。

◎レストランの注文、ドキドキ
○チェーン店の、コーヒーショップに入りました。ファーストフードの店員さんはとても、誰
にも感じが良いのですが、システムが複雑で、ドキドキします。考える間もなく行列で自分の番になると、すばやく注文しなければならず、それからいろいろ質問され、ふらつく足取りで自分の座る椅子に座ると、ミルクがないけど、どこにあるのかわからない。やっと、さがして
ミルクを入れるが、使い捨てでない食器はどこにさげれば良いかわからない。はずかしいけど
店員さんに聞いてやっと、店を出ると、なぜか、達成感でいっぱいになるアラカンでした~

◎無駄な部分を残して
○電車の車内デザインが、無駄の無いシャープな直線なので、ドアの取って等に、ちょっとすがったりできず、少しの間、荷物を掛けるなどの甘えは一切許されません。私だって、基本的に、すがるのは、吊革で、荷物は、網棚にということは、充分わかっています。私の希望のほうが、理不尽なのは、わかっているのです。でも、ちょっとの甘えが許されると嬉しくホッと
します。無駄のない効率一辺倒の世の中は、息が詰まりそう。。。規格外が全部役に立たない
という狭い解釈でなく、無駄も受け入れる世の中でありますように。。。どんなに無駄にみえるものの中にも、必ず貴い意味があると思います。仙台四郎さんを大切にもてなした心は豊かな心だと思います。

ケータイ電話 デジカメ メールの返事
○1日中、ケータイ電話を背後霊のように離さないのは、何か、逆のような気がします。
○レストランに行っても目の前の人や、ごちそうを味わうことより、写真取りや、目の前に居ない人へ、メールしているのも逆さまに、感じます。
○メールの返事に気をもんだり振り回されるのも、逆さまのような気が。
もちろん、適度な使い方ですよね。

◎原子力はかえって不便
○いきなり、大それてしまいました。この度の震災・津波・原子力被害を契機に、天は私たち日本人に、どのように変わってほしいのでしょうか。
  ①脱原発の世の中。(昔は、無くて済ませていたのですもの。多少不便でも別のエネルギ            ーで、工夫して暮らす。)
  ②経済システムの変動。(大量生産からの脱却、無駄なエネルギー消費を止める。等)
  ③自然との共存。
  ④ハンドメイドの、不便でもシンプルな暮らし。
  ⑤価値感を競争から共生へ。
  ⑥日本人本来の、和やかさ・誰に対しても尊重する心・清々しさ・動揺しない謙虚で中庸
   を目指す心を、取り戻す。=自己中心からの脱却と礼節。

恥ずかしながら、何だか、どこかのマニュフェストみたいになってしまいました。
私なんかは、口ばっかりです。恥ずかしいです。今の方々で、自分の手足を動かしてボランティア等をなさっている尊敬できる礼節も清々しい方々が沢山いらしゃるのは、本当に心強いかぎりです。日本人の魂の底は、健在だなと感じました。
ドナルド・キーンさんもおしゃっていました。「便利なものは、美しくない。」と。。。
私は、やっぱり、大量生産の科学繊維のTシャツ文化より、ハンドメイドの自然素材の服が好き!!日本語も、小津安二郎さんの映画の言葉がキレイだと感じます。食べ物も、田舎料理が
感動と憧れ!!やっぱり、シンプル、手作り、に憧れます。ユニクロを着て、コンビニの麺を食べるレトロ好みのアラカンからでした~。
 012.gif

d0165579_10115956.jpg

[PR]
by itosikiarakan | 2011-09-12 14:41 | 私のこと

今思えば、「なるほど」の言葉

 アラカンのお年頃になると、「なるほどね。」と思われる、懐かしく思い出される言葉があります。
  ◎「修めようという気持ちが貴いんだからね。」
この言葉は、私が20代の時に、和裁を習っていたとき、不器用な私に和裁の先生がかけてくれた、励ましの言葉です。その時は、単なる不器用な私を慰める言葉と感じましたが、今にして思えば、やっぱり、結果、不出来であっても、ふてくされず、お日様に向かって、少しでも伸びようとするほうが、生きる姿としキレイだなと思います。

◎「だいたいは、自己満足ではないでしょうか?それで、いいんですよね~」
退職した、かつての上司と、偶然に電車の中でお会いしたときに伺った言葉です。近ごろ納得
できます。さすが、先輩は大人~!!

  ◎「できる、でぎねでないの。そういうもんじゃないよ。」
ある懐かしい女性が、昔、この言葉を口にしていたのを、時々、思い出したりしています。人間として、一番大切なのは、目先の出来不出来で、見下げたり競争することではなくて、どんな人の命と魂も尊重する気持ちだと教えられました。「星の王子様」のなかにも、たしか「本当に大切なものは、目に見えない。」というような言葉があったような気が。。。
     
  ◎「人生は、その場しのぎ!!」     
この、言葉は、「笑っていいとも」の中で、笑福亭鶴瓶さんがおしゃっておられました。番組の中では、不評な言葉でしたが、私は、なかなか含蓄のある大人の言葉だなと感じました。
田辺聖子さんも以前同じような言葉で、だましだましつなごうと彼女独自のユーモアあふれる筆致で、何かに書いておられたような気が。。。      (また~!!)
012.gif

d0165579_14422532.jpg

[PR]
by itosikiarakan | 2011-09-06 14:07 | 私のこと

「ねばならない」も、必須アミノサン

 世の中に、無意味なものはないそうです。以前私は、自分のやりたい事だけやれたらいいな
と、思っていた時期もありました。でも、やりたくない事、つまり「やらねばならない」事も
大事な意味と基本的骨格になっているんだなと、思うようになってきました。
 内心やりたくない事は沢山あります。例えば、大掃除とか、気の進まない旅行や社交とかです。(もちろん、法律の義務や自分の仕事・係の役割等は、絶対なので、悩む以前の責任としてやらねばならないのは当然ですが。)でも、ねばならない大掃除をやることによって、清々しい気持ちになれますし、その基本の上で、やりたいことも気持ち良くできるのかなと思います。気の進まない旅行や社交も、行くまでは、おっくうですが、行ってしまえば、案外いろんな、気付きや発見があるかもしれません。もちろん、そこは、人間関係ですから、裏切りや傷付けられることもあることでしょう。でも、それも含めて、相手や自分を許していく過程が
豊かな人生になるのかもしれません。  と、自分に言い聞かせているところで~す。
012.gif
d0165579_17163641.jpg

[PR]
by itosikiarakan | 2011-09-02 17:14 | 私のこと