いとしきアラカン

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カテゴリ:私のこと( 170 )

ルノワール展と、いよよ華やぐ命

仙台市の美術館で、「ルノワール展」を、鑑賞してきました。とても、豊かで幸せな気持ちになりましたよ。ルノワールは、「基本的には、人生は辛い事が多いのだから、せめて絵画ぐらいは、人生の明るい面や幸せな面に焦点を当てて、美しいものは、より美しく表現して、見る人が幸福な気持ちになって欲しい。」という考え方だという事でした。貴族の娘、都会の娘、庶民の娘、田舎の娘、愛らしい子供に、それぞれの美しさを見出し、温かなまなざしで描かれた絵画は、どれも、観る人を幸せな気持ちにしてくれます。「基本的には、辛いからこそ、反比例するかのように、明るい面に焦点を当る。」という、何でも、良いところに注視するという考え方は、とても、素敵です。この考え方の延長上に最晩年のころは、ルノワール自身が、リューマチで、体がとても辛かったのですが、反比例する様にルノワールの絵画の方は、ますます、豊穣で、幸福感に溢れたものとなってゆきます。本当に感銘を受けます。人生とは、複雑で奥深いものですね。この年齢と反比例する様に豊かな境地に入って行かれた方として、私は、以前、読んだ事はなかったのですが、印象に残った言葉として、心の片隅で記憶に残っている、岡本かの子の「年々にわが悲しみは深くして いよよ華やぐ いのちなりけり」が、思い出されました。私も、辛い事に出会っても、「かえって、良いかも!」と良い処を見出して、豊かに明るく生きてゆきたいなと思った、とても良い春の1日でした。
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by itosikiarakan | 2017-04-10 15:53 | 私のこと

時節の花

生きている花は、いつしかは散ってゆきます。一生懸命に綺麗な花を咲かせて、さりげなく枯れて散るその、姿は、けなげでいとしい姿です。でも散る姿も含めて、いや散っていくからこそ美しいのです。いとしいのです。それは、自然の理のままのありのままの姿だからです。私たち人間世界も、自然の理の中で、諸行無常の風の中で生きているのですね。あの美しい思い出も、その時節だったからこそ美しく咲く事ができたのですね。あの、時節だったからこそ!!
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by itosikiarakan | 2017-03-12 16:21 | 私のこと

かえって、良いかも!!

五木寛之さんが、アラカン年代の生き方として、以前に「下山の思想」という本を著していらしゃったと思います。私自身も、いけいけの青年期壮年期の登山世代の価値観一般常識ではない、むしろ、その逆の価値観の奥深さを、味わい深く感じております。「逆も又、真なり」というのでしょうか。一見、ダメな事こそが、いろんな事に案内してくれるのだなと感じております。

①「完全主義」から、「不完全と共に生きる。」へ、シフトチェンジ!! 

ちょうどでなくなる事によって、自然と違う世界になります。例えば、若い時は、食欲もあり、時間に縛られる中での食事でしたので、味わってエレガントに食べるというのは、皆無でした。ひたすら、スコップや、ブルトーザーの勢いで、口の中に放り込むパン喰い競争状態だったのです。ところが、あまり、いっぱいは、入らなくなった?(*ホントかな?)今日このごろ、動作もゆっくりとなり、味わっていただくようになってきました。そして、よく噛んで食べるようになってきました。(*実は、ごっくんが上手くいくように)やっとこ、すこしは、エレガントに食べられるようになったかな!!自分も、周りもちょうどでなくなる事が、不完全を許し、不完全を受け入れ不完全を慈しみ不完全と共に生きる事、不条理を不条理のまま生きていく事、不完全の受容を体験してこそ、人生のフルコースを味わえることになるのかな~と、ぼんやりと感じております。

②若い方に対しては、「心配・保護・干渉・発信」から、「信頼・尊重・不干渉・受容」へ
 シフトチェンジ!!


自分の壮年期の、若い方に対する対応方法のイメージそのままに、成長期を過ぎた若い方に対して、いつまでも、その方の力になってあげなければと、つい、心配したり、保護してあげたり、アドバイスを、上から目線で干渉・発信しようとする自分がおります。 自分の時代は、もう終わったのです。役目は、むしろ若い方を、「信頼し、尊重し、干渉せず、どんな時も受容する事」に変化していることに、気付くべきですね。だって、若い人なりに、最も自分に合った方法で、現実と折り合いを付けているはずですから。皆さん一生懸命生きていると思います。すべての人には、必ず貴い仏性と英知が秘められて、何が自分の心にとって良い事かは、知っているはずです。若い人の考えや対応や優しさは、さすがと、いつも感じております

③あるべき姿(頭で考える一般常識・義務・理念)から、ありのままの姿(体の声・本音・好き嫌い・やりたい気持ち)へ、シフトチェンジ!!

自分の気持ちに正直に、生きていって良い時代になったのかなと感じております。無理して、望ましい一般常識の姿に、無理やり自分を合わせようとすると、その、無理は、必ず続きません。それは、つまり不自然な事だからでしょう。例えば、「退職後は、多くの知り合いや友達を作り、コミュニケーションを活発にする事が望ましい。」と理想の退職者の望ましいライフスタイルを聞けば、良い子の私はいろいろと、頑張ってその理想に近付こうとしました。60歳まで、ずーっと、あるべき姿に合わせよう、合わせようとしてきた気の小さいタイプでしたから。でも、途中で、何だか、くたびれてきました。「ねえ、本当にあなたは、多くの人とそんなに付き合うのが好きなの?」とめったに聞かない自分の本音に聞いてみました。そしたら、本音は正直に言いました。「実は、多くの人とは付き合いたくないの。基本的に社交的ではないし、人に気を遣いすぎるので疲れてしまうの。でも、本当に心から良いなと思った人とは、大切にお付き合いしたいと思うよ。でも、世間では、知り合いや友達多くないとよくないような雰囲気なので、無理して頑張ったの。」と言いました。
それから、健康情報で、「牛乳は、1日に1回はコップ1杯必ず飲んで、骨粗鬆症を予防しよう。」という望ましい一般常識のあるべき姿が提示されました。理想に合わせなければと思った私は、本音では「牛乳は飲みたくないなあ。」と感じていたのに、それを無視して根性で飲み干しました。結果は、お腹が、苦しい1日となってしまいました。まあ、体の声・本音を聞いて、心のままに、気なりに無理しない事が、自然なのかなと感じております。

④「あきらめない」から「キレイにあきらめる」にシフトチェンジ!!

私たちは、何事もあきらめないで頑張る事が良い事のように、教育されてきました。登山時代の青年期・壮年期では、仕事や目標達成のためには、あきらめないで頑張る事も必要でしょう。でも、退職後の下山の年代では、あきらめるという事は、実に大切な心構えだと実感しております。アンチエイジングまで頑張るのは無理があり、年齢をそのまま受け入れる安らぎに欠けるような気がします。この年代は、「諸行無常の理」を感じる事も多くなります。「あきらめなくてはいけない事もあるのだ。」という事実をさりげなくおおらかに受け入れられる人になりたいです。あくまで「そのあきらめなくてはいけない事」も、さりげなく軽めの表現が好みです。深刻に重い表現は野暮で粋ではありませんものね

⑤「相手を変えよう。」から、「相手を変えない。」にシフトチェンジ!!

誰でも、自分の物差しで「こうあるべき!!」という風に、善悪や正義を定義付けていると思います。それこそが、唯一絶対の善・正義と信じこんでいますよね。でも、各々の体験や環境によって、その各人なりの善や正義の表現方法が違ってくるのは、当然の事だと思います。自分の思っている様な結末や表現方法で、相手が返してこなくても、「相手に何もあ望まずに、自分が良かれと思って行動する時こそが、心底楽しく心休まるのではないでしょうか。

⑥「攻める強さ。」から、「守る強さ。」にシフトチェンジ!!

相手を言い負かしても、虚しい気持ちが残るだけですよね。それよりも、相手や自分の良い箇所を尊重して、それを守るようにしたほうが、良い時を過ごせるのかな。と思っております。

⑦「欲しい物は、買えばよい!」のお勤め時代から、「欲しい物は、ある物を工夫して活用!」の年金時代にシフトチェンジ!!

ある程度、お金があったお勤め時代は、欲しければ買えば事足りていました。でも、今はお金も乏しい年金時代になりました。そこで、今まで使用しなかった物を、工夫して活用しています。なぜか、無駄使いしない清々しい気持ちになれましたよ!

⑧「料理を、朝と晩だけ作ればよかったお勤め時代」から、「料理を、朝・昼・晩と作る年金時代」

本音を言うと、料理が面倒な時も、実はありますよ。でも、それは、100%真実ではなくて、かたや、楽しい時も多いですよ。趣味とまでは言えるレヴェルではありませんが、おいいしい食事を作ろうと、夢中になっている時も多いです。子供の時、おままごとで、ご飯を作って、それを、食べてもらって嬉しかった記憶の延長でしょうか。それに、料理は認知症予防にもなると言いますしね!!

⑨「食事は、残さず食べましょう。」から、「食事は、無理せず残しましょう。」へシフトチェンジ!!

食が、だんだん細くなってきます。今までの価値観から、「もったいない。」や、「残してはいけない。」と頭で考えて無理して食べると、必ず体調を壊してしまいます。何よりも、体の声を聞いて食べ物は、無理しないで残すことですよね。自戒でした~。

⑩「いっきにやってしまいましょう!」から、「ソロリ ソロリと少しずつやりましょう!」へシフトチェンジ!!

「今日やる事は明日に伸ばす事なかれ」の教えのもと、若い頃は、多少無理をしても、「アクセル ゴー!」といっきにやってしまいました。でも、無理のきかないお年頃になったら、「今日やる事は明日に伸ばそう」と無理しないで「徐行運転で行こう!」と少しずつやりましょう。無理は、禁物ですよね。

⑪「週に1度の車での、まとめ買い物」から、「週に2~3度の自転車での、買い物」へシフトチェンジ!!

家人が、白内障になって車の免許証を返納しました。結果的に、車を運転できない私は、自転車で、近所のスーパーで、週に2~3回程度買い物を、する事になりました。その後の荷物整理などもあって、以前の様に、ブログ等の自分の時間が、あまりなくなりました。でも、これが、私の運動の時間と考えれば、プラスに進めますよね。私は、必然の用事でもなければ、わざわざの運動などできないタイプですので。。。曹洞宗の道元さんも、日常生活を一生懸命はたす事が大切とおっしゃってくださいますので、頑張りま~す。まあ、どなたもやっていらっしゃる事ですから。


*私は、子供の頃から、お年寄りが好きでした。昔の、お年よりは、自然の流れに逆らってまでの、アンチエイジングなどの力みも無くて、ごく自然に、「強さから弱さへ」「完全から不完全さへ」「勝つより負けるへ」「押すより引くへ」「与える愛から受けとめる愛へ」シフトチェンジしていた様な気がします。その姿が自然だったので、子供心にも、安らぎを感じたのだと思います。
ある年代まで年を重ねますと、「一般常識も、リアルに考えると、それって、本当かな?」と感じる事が、沢山あります。例えば、「与える事は、受ける事よりもとにかく良い事だ。」という常識ですが、与えられるほうの本音から言えば、頂けば嬉しい反面、「お返しをしなければ。」という気持ちの重さを感じるのも本当です。そして、喜んだ気持ちを表現して、与えてくれた方に伝えなければいけません。以上の事を面倒がらずに表現してくれる受け手の優しさがあってこそ、与える人が気分良くいられる訳です。それから「相手を褒めすぎる事」も「与える事」と同じく受け手に「期待に答えなければ。」という気持ちの重さを感じさせてしまいます。とにかく与えられる事は重い事ですので単純に「与える事はとにかく良い事だ。」と一般常識を信じこむのもリアルに現状を考察すればどうかな?と感じます。それから、「人様のお役に立つ事を何かやらなければ!」とことさらに意識してやっても、その気持ちが本人の内面の本音からかけ離れていれば無理があって続かないと思います。人は、自分の内面の持っている特性のままに、本音に正直に生きていれば、結果的に無意識のうちに、さまざまな喜びを与えていると思います。その存在だけで充分です。又、「長生きする事は、とにかく良い事だ。」という常識ですが、存在自体の様々な影響を多方面から考えますと、やりたいことをやったならば、ほどほどが良いのではないでしょうか。まあ、本人の本音に従って正直に楽しく生きるのがいいのかなと、感じております。すべては諸行無常の理の中、すべての事柄には、必ず終わりが来ます。その時とは、以前のようには運ばなくなった、つまりは無理が出てきたからこそ、その時が来たのだと、事態を受け入れるべきでしょう。「今までありがとう!!」と感謝の花束を対象に捧げながら!!とにかく、自然に逆らわない事、自然なありのままの姿が、一番大切ですよね!!
現代は、若さのみに価値があるという考えから、がんばって若い時の様にふるまうのを、あきらめない時代となりました。でも、それは、不自然な無理のある姿ではないでしょうか。
絵本の「葉っぱのフレディー」の様に、自然界のすべてが、諸行無常の循環の中に生きていると思います。だとすれば、明日の事は、思い煩わずに、良い事を探して、どんな状況でも、「かえって良いかも!」という風に感じながら歩っていきたいです。私は、歳をとるのを、悲しい事とも、劣った事とも捉えずに、淡々と笑顔で、さりげなくシフトチェンジした姿で歩ってゆきたいです。だって、その変化が、自然な姿なのですから。(以上、老女ポリアンナの良い事探しでした~チャン・チャ
ン!!)
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by itosikiarakan | 2017-02-05 16:04 | 私のこと

飛翔 新たな年へ

年も新たに、日々も新たに、すべては、風に、水に、さらされて、洗われて、過ぎてゆきますね。年月の流れで、変わっていくのが、自然の流れで、「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。。」(*なぜか、50年昔に高校で習った気が。。。何という書名だったかなあ~ ?)と言う事ですかね~。
今年は、酉年とか。私が、つい思い出したイメージは、このブログで以前記載させていただきました
(*いとしきアラカンの2013年5月16日記載「心の傷から立ち直れないあなたへ」)の飛翔のイメージです。誰でも、傷ついたり、失敗したりして、立ち直れない事があると思うのです。もちろん、私もです。でもそれは、あくまで、過ぎ去った過去の事です。たとえ、泥に汚れた醜いアヒルの子であったとしても、今は、沼で汚れた泥をキレイサッパリ洗い流して、自分の翼で、自由に、囚われずに、大空を力強く羽ばたいている美しい白鳥なのです。決して、過去の泥沼をふり返ってはいけません。ずる、ずると過去を引きずってはいけません。大空から、また泥沼に落ちてしまいますからね。白鳥の自分に「愛とリスペクト」を注入して下さい。がんばって上空まで飛翔すれば、もう大丈夫!!大いなる方が、「がんばったね!!白鳥!! もう沼の方をふり返ったって、落ちないくらいおまえは、強く美しくなったんだよ!!」って、受けとめていただけますよ!!
 以上、新年の、自分に向けたイメージトレーニングでした~!!  チャン・チャン!!
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*心が、強くて、美しくなる事が、生きる目標かもしれませんね。でも、どうしても、ネガティヴな過去から、抜けられない時は、私は、次の様に、イメージします。

 ①沼で、キレイサッパリ、翼を洗います。

 ②それから、そのネガティヴな過去を、鉄の小箱に厳重にしまいこみしっかりと施錠します。1年   間は、決してその箱を開けないと誓います。

 ③とにかく、前だけを見て、上方へ飛び続けます。。。 ほら、綺麗な光が見えてきましたよ!!

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by itosikiarakan | 2017-01-10 15:22 | 私のこと

67歳のリアル

「いとしきアラカン」というブログ名も、ずうずうしい年齢になりました。67歳で~す!!(*でも、ブログ名を変えるのは、ややこしい事ですので、このままのブログ名で、いきま~す!!)
ラジオで、先日「キツネ火」という名前のラッパーの、音楽を聴きました。基本、レトロな私は、メロディーの無い音楽は、苦手なのですが、何故か、このラップには、引き込まれました。その訳は、
ダイレクトに泥臭い程に、本音を正直に唄っているからです。今時は、直接に、本音を表現する事はダサくて、恰好わるいという風潮があるので、スマートで間接的な表現が、多い様な気がします。結果、何を言っているのかわからずじまいのラップという事になり、共感をおぼえるのが難しい様な気がします。ラップなのに、韻をふまないのですが、それをのりこえる、本音と真実という最強のメッセージが、恰好わるいとかのセコイ物を、ぶち壊すのでしょう。「正に、真実こそ、最強。」なのですね。
 「秘すれば花」とかで、すべて、ネガティブな事まで、特定の人間相手に、吐露すれば、相手の方に、嫌な気分を被らせてしまうので、そこまでは、言わない自制と慎みが必要ではという主旨で以前このブログに記載させていただきましたが、その主旨と矛盾する様ですが、やはり、キレイ事だけで、表面的に表現してすませるのでは、薄っぺらな表現になるかと思います。やっぱり正直な本音の表現は、どこかで必要ですよね。でも、それが、特定の相手ではなくて、不特定の相手ならば、それほど、ご迷惑にならないのでは。。。なんて考えております。
 
という訳で、ここは、正直に67歳のリアルを述べさせて下さいね (*これは、あくまで私向け)

☆名キャッチャーを、目指そう!!

絶対に、こっち側から投げる、キャッチャー役には、ならない。その代わりに、来た球は、すべて笑顔で、受けきる事。まあ、「相手に、望むな」ですかねぇ(*私は、実は、報いを求めるというか反応が気になるタイプです。こっちから、メールを発信したり、プレゼントを送ったりして、反応が無かったり、無視されたりしたら、このお年頃では、立ち直れる強さは、もう残っていません。私は自分の心の弱さを自覚しているので、こっちから、例え善意からであっても、やたら発信したり、プレゼントをお送りする事は相手に負担をかける事なので、控えるべきなのだなあと思っています。特に手作りのプレゼントは、よほど自信がなければ、家族以外に差し上げるのは、ご迷惑になると思います。)

おさんどんは、柱!!
朝・昼・晩と食事を作り、その後皿洗いして、掃除したり、洗濯物の作業をして、自転車で買い物に行ったり、その後に買い物を整理したり、ゴミ出しのまとめをしたりと、「専業主婦って、思ったより自分の時間は、確保できないなあ~!!あ~、この家事の時間を、全部放棄して、1日、ゆっくりと、本読んだり、ブログを書いたり、音楽を聴いたりしたいな~!!傍らには、サンドイッチやコーヒーやクッキーがあって、食事は、作んない。皿洗いも、な~い!!」なんて、手早くできないタイプの私は、夢想する時があります。それで、先日、主人と病院に行った後は、さすがに疲れて、コンビニから、サンドイッチを買ってきて、簡単な昼ごはんとなりました。そうしたら、逆に、私の心は落ち着かないのです。達成感がないというか、役目を果たさなかったというか、不安定な気持ちに襲われました。家事と、自分の時間の両立というテーマで考えてみました。そしたら、気付いたのです。家事は、気持ち良い毎日を紡いでいくための、基礎工事・土台・柱なのではないかと、そして、家事に対する、私の気持ちには、「家事は、嫌だな~!!こんな事の連続なの!!はやく、終ればいいな~」というネガティヴな気持ちでやっていたから楽しくなかったのだと気付いたのです。家事に対して私の「愛とリスペクト」が足りなかったのです。義務感だけだったのです。そうです。すべての解決と治療薬は、「愛とリスペクト」でした。特に効く治療薬は、すべてに「真・善・美」を注入する事だと気が付いたのです。作業に楽しい気持ちが注入されなければ、どんなに立派に仕上げても、何故か、人を寛がせる事にはならないと思います。まず、楽しい気持ちを込めてですね。そう気付いてからは、あら、不思議!!皿洗いは、フィギアスケートのように、スイッスイ!!調子を揃えて、スイッスイ!! 薔薇の様に優しく美しくスイッスイ!!信じられない事に、リズミカルに手早く終える事ができるようになりました。お役目の家事ができる健康に感謝して、一番大切な普通の日常を、身の丈に合った暮らしを大切にしたいな~と思う今日この頃です~。

☆「先々より、ぼちぼち!!

日常生活は、やらなければならない事が山積みで、それも、それに派生する細々とした「ねばならない事」があり、先々に「あれもある。これもある。。。」と考えただけでも、息が詰まるタイトな重苦しい気分になってしまいます。でも、どうせ、やらなければならないのならば、おっとり気分で、「ぼち、ぼちやりますか。。。では、チョチョイノチョイ!!」ぐらいのゆるく軽い気分で、やったほうが、かえって、手早く仕上げられるという事に気付いたのです。たとえ、それでも、予定の目標を達成できなかったとしても、それ以上の無理はしないで、そこで止める様にしたいと思います。(*でも、どうしても今日中に仕上げなくていけない事は別ですが。。。) そして、一仕事終わったら、間に、ティータイムをはさんで、エネルギーチャージとごほうびがあると楽しい仕事になりまうよね。まあ、「馬に、ニンジン! 私に、ココア!」ですかねぇ。 楽しさのこもった仕事でないと結果も出ないし、体にも良くないですよね!!まあ、おっとり、いきますか。。。

否定形の言葉は、使わない!!
言葉で、否定形を使わないと、ずいぶんと、心がキレイになる事に気付いたのです。実際に言葉で表現する時だけではなくて、心で考える時も、否定形の言葉を使わないと決心しました。例えば、今までは、友人の、素晴らしい趣味の成果や、ボランティア活動の成果などを聞かせられるたびに、「すごく、頑張ってて、すごいなあ!!」 「でも、それに、比べて、私なんか、人よりも優れている事なんか、何にも無い。。。ダメだな~!!」と、言葉にも出して、心でも感じていたのです。
でも、そういう時は、無邪気に、「すごく、頑張ってて、すごいなあ!!」だけでいいのです。後半の、「でも、それに、比べて、私なんか、人よりも優れている事なんか、何にも無い。。。ダメだな~!!」は、自分の心も、相手の心も、どんよりと曇らせてしまうので、良い事は、全然ありませんよね。どうしても、言葉を足したいのならば、「おもしろそう!!私も、ちょっと、マネしてみるね。」ぐらいで良いのでは。。。特別な活動をしないからと言って、日々の暮らしのお役目を、気持ちを込めて紡いでいく事だって、それを全うすれば、それはそれで一つの道ですので、卑屈になる必要はありません。だって、卑屈って、美しくないのですから。。。それから、身体が、ちょうどでなくなっても、否定形の例えば、「眼が、かすんで見えない。」という否定形の言葉を表現するよりも、「左の視野が、ちょっとは、霞むけど、大体は見える。」という肯定形の言葉を使えば、気のせいか明るくアップして良い方向に行くような気がします。キレイな空気に、なあ~れ!!

お年頃になったら、競争から、共生へ!!
団塊の世代は、何でも競争で、やってきました。私なんかは、やっとこ、すっとこ、走ってきました。でも、この年代のお年ごろになったら、その競争原理を捨てて、共生原理に、シフトをかえる時なのでは、ないでしょうか。ひまわりの花に比べて、カボチャの花が劣っているのではありません。
確かにひまわりの花は、目立って、明るく元気で素晴らしいです。でも、カボチャの花は、目立たない地味な花ですが、しっかりと、地面に根を張って、おいしいカボチャの実として役に立つのです。どちらの花にも、優劣はなくて、お日様に向かって、自らの特性を生かして、精一杯咲けば、それぞれ美しいのです。すべてが、傲慢にも卑屈にもならずに、それぞれ誇らしげに、共に生きていきたいな。それぞれ、持っている物が違うのですから。。。自分に無い物が、相手に有っても、相手にも、自分に有って、相手には無い物があるのですから。。。(*かなり、スマップの「世界で、たった一つの花」に影響されているかも~。。。)

お年頃の見栄と心意気=正直すぎない!!
この年代・お年頃になったら、正直すぎるのは、いかがなものでしょうか?たとえば、「お元気ですか?」と聞かれて、微に入り細に入り、体の不調を、延々と報告されたのでは、いくら正直な報告でも、もはやそれは、愚痴・泣き言を聞かせられているのと同じになるのではないでしょうか。
(*でも、お医者さんにだけは報告しなくちゃいけませんけど。)相手は優しい社交の言葉として、おしゃって下さっているのですから、気分をめいらすまで正直に言う必要はないのではと思います。
また、「お淋しいでしょう。」などと聞かれても、実際、お年頃になると、淋しくなる事は多くなりますが、これも、また、リアルに「淋しい。。。」などと言うと、相手は社交の一環として、おっしゃって下さっているのに、余計な気使いと、ご心配をかけてしまうのではないでしょうか。また
何か、プレゼントを送っていただいた時に、あまりにも正直に「この、プレゼントは、私の好みには合わないのだけど。。。」とまで、わざわざ言わなくても良いのではとも思います。プレゼントとは、その物自体を頂戴するのではなくて、自分を思ってわざわざ送ってくれた真心を頂戴するものだと思うのです。ここは、お年頃の見栄と心意気で、名女優めざしませんか。生きているかぎりは、明るく前向きに生きる義務があるのですから。。。

シリアスな話題には、ほほ笑みを添えて!!
愚痴と泣き言だけは、言うまいと決心しても、とても思いやりの深いお相手だと、さらに、どんな具合であるか、深くさらに質問される場合があります。そこで、嘘を言うのも、イヤなので、止むを得ず正直に状態を報告せざるを得ない事もあります。その話題のままだと、シリアスすぎますので、その様な時は、そっと、ほほ笑みを添えるのは、どうでしょうか。そうすれば、空気が、明るい方向へ流れるし、微笑む機会もふえますよね!!笑顔で過ごしたほうが良いというのは、頭では解っていても実際には、そう笑えるものではないですよね。。。でも、「ほほ笑み」ならば、「笑顔」より、ずっと、ハードルが、低いと思うのですが。。。

医学書を、読みすぎない!!
やはり、自分が気になる箇所に関する特集の雑誌や、本、テレビ番組に、注目してしまいます。そうすると、あまりにも、情報が多くて、やったほうが良い体操や食事、はたまた、シリアスすぎる怖い情報で、頭がいっぱいになってしまいます。しかも、その情報も、真逆の事もあり、「何を信じていいのやら。。。信じた私がバカなのね。。。」と演歌のヒロイン気分にもなります。そこで、私は、有る程度の基本情報は必要だけれど、後は、お世話になっているお医者さんに、相談する事にしました。まあ、あくまで、私はって言う事ですけどね。。。
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by itosikiarakan | 2016-11-22 17:13 | 私のこと

柳に風

日常生活でも、理不尽な事や、まともに考えたらば、筋が通らない時ってありますよね。そんな時に、まともに、まっすぐに、渡り合ったからと言って、かえって、こじれる場合が多くなります。
まあ、対処方法は、人それぞれですが、私は、まず、「かわす。さらす。流す。」「漫画チックなおどけた表現にアレンジ」するなど、なるべく軽やかに表現して、シリアスにならないようにしています。まあ、後は、時が、解決するかななんて、お気楽モードに入ります。(*でも、本当に大切な事は、時期をみて、解決するようにしますけどね。) まあ、「柳に風。」と、軽やかに、しなやかに生きたいな!。。。
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by itosikiarakan | 2016-11-13 16:00 | 私のこと

秘すれば花

とても素敵な心洗われる方に、浅くお付き合いさせていただいているうちは、その方に女神の様な美しさを感じ、こちらまで、気持ちが高められる気分になり、清々しくも楽しい時を過ごしたものでした。もちろん、こちらも、人生の裏表を見てきた年齢ですので、そんな訳はないとは承知はしていましたが、実際、その容姿も振る舞いも美しいその方の口から、「〇〇さんは、醜く、特技も無い。」と、おしゃったのを聞いた時は、私は、本当に、がっかりしてしまいました。私は、勝手に、そういう方だったら、どの様な相手にも、相手の良いところに注視して、愛とリスペクトをこめて接すると、勝手に理想化していたのですね。。。まるで、思春期の女の子のように。。。
その方も、私には、本音を言える親しみを感じたから、おしゃって下さったのでしょう。人間ですもの、愛も憎しみもあるのは、当然で自然な事です。でも、美人で能力の高い方が、おっしゃると、とても、氷つきます。これが、オバチャンが、がらがらと言ったからといって、ここまでは、イメージの落差がないので、がっかりしなかったのではないでしょうか。
親しいからと、何でも打ち明けるのが信頼と友情の証明とばかりに、本音をすべて、吐き出されたら
相手は、そのネガテイブな内容の飛沫から、しばし、立ち直るまでが、大変です。
ここは、キレイ事と言われ様と、見栄を張る時期になっていると思います。アラカンの時期は、人間のプロの時期だと思うのです。なにもかも、正直に本音をを吐露するのが、ベストではないと胆に銘じ、プロの女優として、明るく楽しく親切な言葉を、演じ抜くつもりです。だって、この時期の本音を正直に、周りに吐露したら、周りは大変ですよ。例えば、老化の症状や愚痴泣き言、憎まれ口やかげ口、なんて自分も周りも喜ばせませんね。ここは、見栄の張りどころ!! 「秘すれば花。」とも
言いますしね。。。どこまで、やれるか分からないけど、この場で誓って、せめて、まず愚痴・泣き言だけは言わない様にがんばってみるね。。。
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by itosikiarakan | 2016-11-13 15:05 | 私のこと

ハートとスペード

私の、今感じている事は、案外、人生って、永いスタンスで捉えると、平等に出来ているのかな~という事です。例えば、若い時にすごく優秀な方が、晩年は、いち早くそうではない認識をするようになったり、若い時に目立たなかった方が、晩年は、社会的な活動を積極的にする様子などを見聞きしますと、地ならしをすれば、決算書は、プラマイゼロなのかなぁと感じます。ですから、目先で、比較したり、落ち込んだりしなくても、与えられた、ハートとスペードのカードは、同じ数なのかなとも、思います。運命のホメオスタシスとでも言いましょうか。揺り戻しの力学とでも言いましょうか。だって、「兎と亀」の昔話も、案外、亀さんが、最後には、山の頂上に旗をたてたのですから。。。でも、亀さんは、どんな時も、相手に対して、リスペクトの気持ちを持っていたしこつこつと、自分のできる事は真心をこめて努力を重ねたからですよね~。。。少しは、がんばろうかな~。。。反省。。。011.gif
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by itosikiarakan | 2016-11-02 16:49 | 私のこと

綺麗なバラ

「綺麗なバラには、棘がある。」と、昔から言われていますね。これは、自分が完璧なあまり、不完全な人に対して、優しい気持ちを持てない。という事でしょうか。「どうして、あなたはできないの!!私なんか、ちゃんとできて失敗なんかしないよ!!」あるいは、「どうして、あなたはのろいの!!私なんかさっさとできるよ!!」あるいは、「どうして、あなたは、理解できないの!!私なんか、すぐ理解できるのに!!」あるいは、「どうして、あなたは、醜いの!!私なんか綺麗だけど!」など、など、自分より劣っていると感じた相手に、優しい気持ちを持てない人の事を言いますよね。これは、才色兼備の方が取りがちな行動ですが、これでは、どんなに優れていても、マナー的に一番失礼な気持ちを持った時点で、せっかく頭脳明晰で容姿端麗でも、そのすべてが、台無しになってしまいます。その様な気持ちは、たとえ口にしなくても、必ず相手には伝わっております。でも、当人は、若く自信があるので、そんな事に気付こうともしません。
 ところがです、そういう方も、歳を重ねて容姿が衰えて、体の、そちらこちらが、ちょうどでなくなると、やっと、気が付くのです。ちょうどでなくなる悲しさや、やっても、できなくなるみじめな気持ちも理解できるようになるのです。そして、そんな時でも優しくしてくれた人の温かさに気が付くのです。バラは、若い時のように綺麗でも利発でもなくなりますが、かえって、一番大切な心が前より美しく素敵になって、一緒に居たくなる優しさと謙虚さがが備わり、今までで一番チャーミング
な人になります。いろいろ、ガタついてダメになってきて、ちょうどでなくなった頃の人って、とっても味わい深く魅力的ですよ。。。何だか、人っていとしいな~という感慨に打たれます。さっぱりと爽やかな若いボージョレ・ヌーボーも良いけれど、やっぱり、年月の深い味わいの熟成ワインは、いつまでも飲んでいたい味わいですよね~。。。花に例えれば、土手カボチャの私からの感想でした~~
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by itosikiarakan | 2016-11-01 16:29 | 私のこと

アラカン過ぎたら(音頭もどき)

顧みすれば、2012年8月8日に、私は、このブログに、、「アラカン過ぎたら」という音頭もどきのを掲載させていただきました。 恥ずかしながら、記載させて下さいね。012.gif

アラカン過ぎたら

アラカン過ぎたら、カンタンに♪ シンプルだけど真心で!!苦手なことより好きなこと♪

アラカン過ぎたら、お気楽に♪ 心の花園ゆったりと♪

アラカン過ぎたら、気にしない♪ 気にしないったらこだわらない♪


アラカン過ぎたら、許しましょ♪ あっさり笑って「もういいよ」♪

アラカン過ぎたら、心の窓を磨きましょ♪ 人を許せばポイント5倍♪

アラカン過ぎたら、心の元気♪ 元気の素は想いと信じることよ♪


アラカン過ぎたら、ありのまま♪ ありのままこそチャーミング♪

アラカン過ぎたら、相手を先に♪ エレガントの基本です♪

アラカン過ぎたら、役目は笑顔♪ 法令線がめだちません♪


アラカン過ぎたら、付き合い淡く♪ 親しき仲でも踏み込まず♪

アラカン過ぎたら、うなずき大事♪ 「わかる~あんたのその気持ち」♪

アラカン過ぎたら、負けるが勝ちよ♪ 人と比べず、以前の自分と比べましょ♪


アラカン過ぎたら、報い求めず♪ 直接返らなくてもUターン♪

アラカン過ぎたら、苦より楽♪ 苦労の中に楽しさが♪

アラカン過ぎたら、弱さまるごと慈しむ♪  責めずにあやしてなだめましょ♪
   「ひらきなおり」も大事だよ♪ 「なんくるないさー」が合言葉♪


この時期は、まだ、健康状態も良かった時期でしたので、頭で、ちょうどでなくなった年代を想像して書いた音頭もどきです。実際に、自分がちょうどでなくなってからの実感とは、多少の誤差はありますが、方向性としては、ほぼ、あらまほしき姿です。まあ、今後は、実践・実習の時期と思って一歩ずつ、近付きたいな~と思っています。

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by itosikiarakan | 2016-10-07 15:34 | 私のこと